2006年7月号 


旅の荷物=この世の荷物


先日衣替えをしました。私は洋服、バック、靴、アクセサリーなどが好きなので私の家にはたくさんあります。でもそんな大量の「もの」を見て自分でも時々うんざりすることがあります。衣替えの度にたくさんの洋服を洗濯し、またバックや靴を磨き大変な思いをします。10代の頃は今よりももっとファッションに興味があったので、今はとても買わないような高い服やバックなどを買っていました。私の洋服、バック、靴、アクセサリーがたくさんあるのは買い物を頻繁にするからというよりも、もらったものや、思いでが詰まっていて捨てられずに何年も使っているものがほとんどです。さすがに今はブランドものの高いものが欲しいとは思わなくなりましたがバーゲンで何かを見つけると、やはり手がでてしまいます。

家の中を見回してみるととてもたくさんの「もの」があるのに気づきます。掃除をする際にもそれらのものを動かして掃除機をかけたり拭き掃除をしたり、またそれらの「もの」を磨いたりと掃除だけでも一時間はあっという間に過ぎてしまいます。私は汚れているものや散らかっているものを見ると掃除をしたくなる方なので時間があれば無意識に掃除を始めている事があります。でももしこれらのものがなかったらそんな時間を違う事に使えるな・・・と時々思うのです。


朝は目覚まし時計の音で目を覚まし、ベッドを片付け、テレビのニュースを見ながら食事を済ませた後には台所の掃除、洗濯、家の中の掃除、常に「もの」に囲まれています。


もちろんそれらは「今」の生活に必要なものですが、私達は本当に多くの「もの」と生活しているなと思います。


私は旅行に行く際にも、実家に帰る際にもたくさんの荷物をもって行きます。女性なのだから多少荷物が多くてもいいとは思いますが、それでも々どうしてこんなに荷物があるのかと思う時があります。海外からの帰りには必ずバックが1つや2つ増えているのです。


そんな「もの」の生活に慣れてしまって、考える事や大切な時間、そして「もの」よりも大切な事を見逃しているのではないかと思う事があります。ある学者は「常に自分をこの世での旅人と捉えることができていたら、現世的な良さを持つものに引っかかってよろめいたりすることはなかっただろう」と言っています。本当に人間は目の前にあるものに執着してしまいがちで、そして目に見えないものに関しては認識をすることが難しいという性質です。私達がこの世で共に過ごしているこれらの「もの」は何ひとつとしてあの世に持っていくことはできません。そう考えると、これらすべてのものがとても意味のないものに見えてきます。これらの「もの」に執着せずに、そして付き合い過ぎずにシンプルに生活して、もっと意味のあることに時間を割きたいものです。手始めに私はなるべくものをこれ以上増やさないように心掛けています。
 


 


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