2004年10月号 

預言者たちの風格「正直であること」



聖ウマルは語っている。
「ある日、預言者は朝の礼拝の後説教台に上がられた。そして長い時間語り続けられた。正午と午後の礼拝があり、その後も再び話し続けられた。それは夜まで続いた。何を語られたか、全てを述べるのは困難であるが、それまでに語られていなかった全てのテーマに触れられたと言える」


そう、預言者ムハンマドは、最初の創造から、宇宙のなりたち、人間の創造に到まで、創造に関する全ての段階について語られた。それから、審判の日まで人間たちに起こるであろうことを説明された。過去の中に忘れ去られていた聖アーダムにまでさかのぼる全ての預言者についても、その特性についてまで説明され、また未来に視線をめぐらせて、死後の世界、天国や地獄についても全て説明された。しかしながら、預言者ムハンマドは本を読まれたり、誰かの授業に加わったりしたことはないのである。それなら、これらのことはどうして知ることができたのであろうか? そう、そのお方に全てを教えられた一人のお方が存在するのである。それは疑う余地もなく、全てを知り給うアッラーである。


預言者ムハンマドが、地上から天上まで、そして地の下についてまで説明された全てのことは、そのお方に、アッラーが教えられたことである。このようなことが他の方法では知り得ないということを今日の人間でさえ承知しており、これも預言者の正しさの一つの証拠である。


預言者ムハンマドは、預言者たちについても語られておられる。彼らを紹介され、顔形についても説明されている。当時の啓典の民たちはこれらを全く否定せず「我々の本でもそのように書かれている」と認めていた 。聖書などを読まれたことはない人が、彼らについて本に書かれているとおりに、さらには書かれていないことまで、自分より以前に生きた預言者たちを詳しく語られること、そしてそれを知っている者が評価すること、これらは、預言者ムハンマドの正しさと、その呼びかけが真実であったことの証拠ではないだろうか? 


ここで私が述べたかったこの問題をきちんと紹介することは、私の能力を超えている。そもそも私と同じような状態である読者たちにとっても、このことに違いはないであろう。このようなテーマを理解し、説明できるようになるためには、それを評価できるほどのレベルに達していなければならない。ただ我々は、そのような状態に達していると我々が信じた人の言葉を信じているのである。数多くのそのような人たちが、それぞれの分野の頂点において預言者の説明されたことを評価しているのであり、それは預言者の正しさの更なる一面を構成する。最も優れた人々が彼を認めたことは、預言者は真実ではないことは語らなかったということを意味するのである。そもそもこのお方の語られたことはこのお方自身からのものではない。常にアッラーの言葉を伝えられたのである。言葉の王であられたのもそのためである...

ここで、我々がかなり詳しく掘り下げていきたいテーマがある。それは、十四世紀前に彼が未来について語られたいくつもの言葉が時がたつにつれて成就したということは、それぞれが預言者の正当性の証拠であるということである。ただその前に、一つのことを説明しておきたい。それは「ガイブ」(知られていないこと)という言葉のいくつかの意味についてである。これも、注意深く捉えるべき問題なのである。

 


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