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2004年9月号
預言者たちの風格「正直であること」
彼は自分の言葉に忠実であられた
40歳まで、預言者ムハンマドが真実ではないことを言ったり、約束を守らなかったのを見たり聞いたりした者は誰もいない。後に、教友となる名誉を得たある者はこのように語っている。「まだイスラームを知る以前の時代に、預言者ムハンマドとあるところで会う約束をした」。当時はジャーヒリーヤ(無明時代)ではあったが、御自身は無明の時代などというものは経験されなかった。彼は常に、預言者としての生き方をされていた。この教友は続ける。「私は自分の約束を忘れてしまった。三日後に思い出して、急いで待ち合わせの場所に行ってみた。私は預言者がそこで待っておられるのを見た。そのお方は怒ったり、叱ったりはされなかった。ただ、こう言われた。『若者よ。君は私を困らせたよ。私は三日間もここで待っていたのだ』
御自身の話されたことがそのお方自身を評価する
そのお方は、生まれた時から預言者ムハンマド・ムスタファ(純粋で混じり物のない)であった。だからこそ、預言者としての任務を始めると、皆その言うことを心から信用し、認めた。この世界全てがそのお方に「正しいことをおっしゃられています、預言者よ」とその評価に駆け寄った。単に人間だけではなく、全ての種、種族が、それぞれの代表を送った。そしてこのお方に従った。
ここで少し追加として次の点を述べることに価値があると願う。聖クルアーンの、そして預言者の輝かしい宣言は、アッラーの特性とその御名における関係を見事に示しており、哲学者の考えをもってしても、忠実な信徒たちや学者たちの魂をもってしても、それほどまでに理解し明らかにすることは到底不可能であった。そしてこれからも不可能である。
このような高められた魂が天使のような段階に向かって段階を上げていくことは、結果として次のことを明らかにする。つまり、進んで行くにしたがって聖クルアーンや預言者の説明されたことが真実であり、アッラーによるものであるということをさらによく理解し、喜びを得るようになるだろうということである。
今日、預言者ムハンマドが語られたことは全て、その分野の知識人によって認められ、評価されている。さらには、死後の復活と運命について非常に細かく語られており、しかもそれぞれのテーマの間の均衡がうまく守られている。そのため、それ以前の者のみならず、彼以降の時代の者たちも納得している。彼の輝かしい宣言がなかったと仮定するなら、我々はこのテーマについて全く何も語ることができないであろう。
次号へつづく..

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