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2007年7月号
一杯のお茶
『一杯のコーヒーには40年の思い出がある。』
というトルコのことわざを初めて知ったのは大学生の頃だった。このことわざにはいくつかの意味があって、ほんのちょっとした時間を共有しただけでもその思い出を生涯忘れずにいることとか、コーヒー一杯をご馳走してもらったというようなささやかな恩でも、ずっと忘れずにいることとかの描写である、ということだった。トルコ語で『40年』という表現は、『とても長い時間』を意味するものだということも同時に知ったが、20歳にもなっていなかった当時の私にとって、40年というのはあまりにも長い時間に感じられたのを覚えている。
それから実に13年ほどの年月が過ぎた。今の私には、40年にはまだ遠く及ばなくても、11年間忘れられずにいる一杯のお茶の思い出がある。
イスタンブールに留学し、学生寮での暮らしにもまだ慣れない頃、私は花粉症にでもなったのか、咳が止まらなくなった。薬局で咳止め薬を買ってみたりしたが治らない。数日後には夜も咳が出るようになった。
寮では二人部屋で、トルコ人のFさんという人が同室だった。詩を書くのが趣味という彼女はとてももの静かな人で、新参者としていろいろ教えてもらったりしていたにもかかわらず、私はあまり彼女に馴染むことができずにいた。
その夜、ベッドに入って何時間しても咳が止まらなくなった。薬を飲んでもうがいをしても、水で喉を潤してみても、数分収まっていればいい方ですぐにまた咳き込む。夜半になってさらにひどくなり、眠っていたFさんが起きたのが気配でわかった。「今日は試験があって疲れてるって言ってたのに、起こしちゃって申し訳ないな。」とは思ったが、咳は止まらない。Fさんはベッドに身を起こしてしばらく私の様子を見ていたようだったが、おもむろに立ち上がると何も言わずに部屋を出ていってしまった。
「あー、こんなうるさいのがいると眠れないから他の部屋で寝るんだな、でも他の部屋っていっても空いてるベッドとかあるのかな。申し訳ないな。」と私は思った。横になるとさらに咳がひどくなるのでベッドに横になることもできず、一人ベッドに座ったまま咳き込み続けていると、異国で体調を崩す不安さをしみじみと感じた。
30分ほどそうして咳と格闘していたかと思う。部屋のドアが開いたのでそちらを見ると、Fさんがいた。「遅くなってごめんなさい。お湯を手に入れるのに時間がかかっちゃって。このお茶はのどにいいから飲んでみて。咳が止まるといいけど。」と言って、湯気をあげている大きなマグカップを差し出してくれた。そこには独特のにおいのする、赤いお茶が入っていた。トルコ語でクシュブルヌ、いわゆるローズヒップのお茶らしかった。
しかしそれが何であるかということなどより、「うるさいから別の部屋に寝に行った。」と勝手に思っていたFさんが、深夜の学生寮で30分もかけてお湯を手に入れ、お茶を作って持ってきてくれたことが私にはまず驚きで、とても嬉しかった。台所を備えた普通の家ならともなく、学生寮で、食堂も喫茶室もとっくにしまっているそんな夜中にお湯を手に入れることが容易ではないということは私にも理解できたし、なにより30分も時間がかかったことがそれを裏付けていた。
驚いたのと感動したのとで私は数秒、お礼を言うのも忘れて固まってしまっていたが、「熱いよ。」と手渡されたマグカップの重さで我にかえって、急いでお礼を言った。Fさんははにかむように笑って、自分のベッドに戻った。この時も、それ以降も、、Fさんは決して恩を着せるようなふるまいを見せない人だった。
そして、おかげで咳はかなり軽減され、私はどうにか、朝まで咳き込み続けずにすんだ。心細い気分に浸っていたあの30分の後、予想もしていなかった親切な行為に触れたことは、その後のそこでの滞在に大きな影響を与えたと思う。さらには大げさではなく、今の自分のあり方にも少なからぬ影響を与えていると思う。信仰を持って生きることが人に何をもたらすか、ということを目の当たりにする貴重な機会だったし、自分にないものに気づかされた出来事でもあった。
同時期にイスタンブールに留学していた日本人留学生に、こんな話を聞いたことがあった。彼も、その国での暮らしをスタートさせたばかりの頃はまだ周囲に馴染むこともできず、周囲に対して警戒心すら抱いていたという。そんなある日、体調を崩し、ベッドから起き上がれなくなった。急に吐き気を催したが、トイレ等に行く力もなく、「何か容器を」と頼むのが精一杯だったとか。同じ部屋にいた友人たちが急いで探したが、あたりには都合のいい袋や容器がなかった。もう我慢ができない、という状態になった時、彼らの一人が両手を差し出し、「ここに吐いて。」と言ったという。その出来事がきっかけで、その人自身大きく自分を変えたし、生き方も変わったと言っていた。
この夜のことは11年を経た今でも忘れられない。そしてこのような思い出があること、すなわちそのような出会いがあったこと、そのような恩を受けることができたことはとても幸運だったと思う。こんな貴重な機会が与えられたことに感謝し続けていきたい。

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