|
2006年10月号
心と身体の一致
今年もラマダンの時期になりました。今となってはあっという間の一年間でした。ムスリマとなってからの2、3年はラマダンの時期になると、緊張感と興奮でいっぱいになりました。ムスリマになったばかりということはもちろんのこと、その頃はまだ独身であることや家族と住んでいたということ、またムスリマの友達、知り合いも限られていたということもあり特別な気持ちになっていました。
5年経った今も緊張感や興奮といったものはありますが、それほどでもなくなりました。一言で言えば心と身体がラマダンに慣れてきたということですが、毎年、いろいろな人と共に断食明けの食事をして、ラマダンという特別な時期によせる思いは異なり、毎年、毎年が特別なものとなっています。
私は妊娠、出産というものを経験してみて心と身体について考える機会を得ました。赤ちゃんが欲しいなと思った頃には、母になることを心で想像することしかできません。不安に思うこともありますが、だいたいはポジティブなことばかりを考えていました。実際に妊娠、出産してみて母になると、自分の身体を通して母というものを実感します。自分のことは二の次にして赤ちゃんの世話をすることが当たり前となり、自分の食事もシャワーも着替えも赤ちゃんが落ち着くまでは後回し。休憩するもの、眠るのもすべて赤ちゃんのリズムに合わせることになります。腕が痛い、腰が痛いと思っても赤ちゃんを世話しなければなりません。本当に体力、スタミナが必要です。自分の身体で体験することでまさに心と身体が一致し、妊娠や出産を理解できたなと思いました。
実際に身体と共に経験すると、心だけで理解していたものとはまったく違ったことを知る事になります。身をもって体験するとはこのことでしょう。私は礼拝や断食を実際に行なうようになってからそれまで感じられなかったことや、理解できなかった事が分かるようになったということがあります。初めは礼拝や断食がとても素晴らしい体験であると説明されても心からそれを感じることはできませんでした。礼拝や断食もかたちから入ってそれらがどういったものなのかを次第に理解していったように思います。初めは苦痛に感じていましたが、そこから学ぶ事がたくさんありましたし、今も学んでいます。毎日頭を下げると傲慢な気持ちが無くなっていきます。断食をすると自分にとって本当に大切なものは何なのかが見えてきます。
やはり心だけでは理解するのに限られているように思えるし、心に身体が伴って初めて本当に理解できるのだなと実感しています。

Copyright (C) 2006 やすらぎweb.com.
All Rights Reserved. |