2006年9月号 


特別な月、ラマダーン

 

ラマダーンの季節が近づいてくるととても特別な気分になります。普段よりも自分がムスリマであることをより実感し、そんな自分が存在することに感謝します。そしてラマダーンが近づくに従って心の準備をするようになります。ラマダーンは断食の月ともいわれるように体調を崩さないように断食ができるかどうかという緊張感と、特別な月に自分がどんな気持ちで過ごす事ができるのかという緊張感も同時に生まれます。普段寝過ごしてしまいがちな朝の礼拝もこの月こそは朝の礼拝を決して逃すまいという緊張感も生まれます。

本来なら常にこんな緊張感と共に過ごせたら理想的なのですが、私にはまだその強さがなく、自分に甘くなかなか自分の理想とする姿に自分を近づけることができません。


最近読んだ何かの本に、「人間は何か自分のできないことに対しては天才的な能力をもって言い訳を考え出す」とありました。確かに自分自身のことを考えてみても何か達成できないことがあると、それに対する言い訳はどんどんでてきます。そして私の場合は言い訳を考え出す他、不満もどんどん出てきます。疲れている、眠い、時間に追われている、という理由で朝の礼拝に立てないことが多いのも一つです。それからついつい他の人に目がいって自分の立場と比べて自分の置かれている状況に不満をもつということもあります。見方を変えればとても幸せな立場にいるのに、そのことが見えず、さらに満たされることを望みます。人間の欲には制限がないとはこのことだろうと思います。もっと満足したいという欲をもちながらも、同時にそんな欲には負けずに常に感謝する人になりたいと思っています。


そんな時、友達からメールが届きました。そのメールにはたくさんの写真が載っていて片方の写真には豊かな暮らしをしている健康そうな子供達の様子や肥満気味の子供が写され、もう片方の写真には痩せたアフリカの貧しい子供達や生活の様子が写されていました。それらの写真を見ていると私達がどんなに満たされているか、また満たされる以上のものを持っていること、十分である以上の状況に恵まれているということを感じました。とても心が痛むメールでした。


日本でのこんな豊かな暮らしができてどうして不満が言えるでしょうか。どうして些細なことにこだわってしまうのでしょうか。どうして平気で食べ物を残してしまうのでしょう。どうして次々と本当に必要のないものを買ってしまうのでしょう。夏には暑いと、冬には寒いと不満を漏らし、梅雨には雨が多いとまた文句がでてしまいます。身体は健康で、満足に食事ができて、暖かいシャワーがいつでも浴びられてふかふかのふとんで寝ることができます。冷たい水がいつでもどこでも手に入れることができ、寒い日には暖房をつけ、暑い日には冷房をつけられます。“もの”や、些細なことから遠ざかり、自分に本当に必要なものから常に目を離さないでいたいです。そして心から不満のない状態を保てるような、そして常に感謝の気持ちを忘れない自分を目指したいです。



 


Copyright (C) 2006 やすらぎweb.com. All Rights Reserved.