2005年7月号 


アンネより
 


最近、主人の仕事が忙しく家に子供と2人きりでいることが多いのですが、さすがに朝帰りの日などが続くとストレスがたまり、食事を作ってもあまりおいしくないし、寂しくなります。こんな時にこそクルアーンをよんで、ズィクルして、これもあれもやって時間を無駄にしないようにしようと思うのですが、私も人間、夫はいつ帰って来るのだろうという思いばかりにとらわれて何をやっても集中できませんでした。(私って夫のことがそんなに好きなんでしょうか?笑)そんな時、たまたま読んだ本に預言者さまとアブー・バクルさまがクライシュ族の追手から逃げ、洞窟に隠れていた時のことが書かれてありました。

『「心配してはならない。アッラーは私たちと共におられる。」と言ったその時、アッラーは安らぎを彼(アブー・バクル)に与え、汝らには見えないが、(天使の)軍勢で彼を強められた。』(悔悟章40節)


また別の本には


・「アブドゥッラー・ブン・ディーナールが言った。私はウマル・ブン・アル=ハッターブと共にマッカに出掛けました。途中、休憩していると、私たちのところに山から羊飼いが降りて来ました。彼にウマルは言いました。羊飼いよ、群れの羊を一頭我らに売ってはくれまいか。すると羊飼いは、私は奴隷です、と言いました。ウマルは彼に、主人には狼に食われたといったらいいではないか、と言いました。すると、奴隷は、アッラーはいずこに、と言いました。それを聞いてウマルは泣きました。そして羊飼いの主人の許に行って、彼から奴隷を買い取り、解放してあげました。」


・「ある聖人が投げ矢で戯れている集団の傍らを通りかかったが、彼らから遠く離れて座っている男がひとりあった。聖人は話しかけようと彼に近づき、その訳を尋ねた。するとアッラーのズィクルのほうが私には楽しいのです、と男は言った。しかしあなたはひとりきりではないか、と言うと、私には私の主と2人の天使が共にいます、と答えた。彼らのうち一番は誰かな、と尋ねると、アッラーがお許しになった者です、と答えた。道はいずこに、と尋ねると、空の方を指し、立って歩き去った。」


とありました。いままで、私にとってアッラーの存在は全てを超越し高いところにいるようなイメージの方が強かったのですが、上の文章を読んでいたら、私には見えないがアッラーや天使たちは私と共におられる。アッラーは頚動脈よりも近い、という感覚を覚え、感じることができました。礼拝をしていても自分は一人ではないと思うと、アッラーの愛を身近に感じ、また天使たちと集団礼拝しているような気分になりました。この体験をした時は嬉しくなって、朝帰りの主人にもやさしく接することができました。石の上にも三年ではありませんが、主人を待ち続けていたらこんな良い体験をさせていただけたので本当にアッラーに感謝しています。
 


 


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