2005年9月号 

醜い怒り

 

先日ショックなことがありました。私はヒジャーブを身に付けて生活していますが、ある日本人男性に怒鳴られたのです。私がヒジャーブをしているから、とか外国人に見えたから、とかそんな理由で怒鳴られたのではなく、一人の人間として怒鳴られました。怒鳴られた理由は私がその男性の駐車場に自分の車を駐車してしまったからでした。友達の家に友達を迎えに行って、うっかり私の車をこの男性の駐車場に止めてしまったのです。本当にショックでした。100%私が悪いことをしたので、仕方のないことでしたが、その人の怒った様子はとても直視できないくらいでした。相当頭にきたようで、謝れば何でもすむと思ってんだろう!と言いながら、そして何度も何度もムカつくと言っては睨み付けて、何度謝っても許してはくれませんでした。

 

何が一番ショックだったかと考えると、やはり一般大人の一人としての自分がした行動がいい加減だったということでした。ヒジャーブを付け始めてからまもなくは、行動や言葉に気をつけることに非常に気を使いました。そして年月がたつにつれて、自然に気をつけられるようになりました。そうして少しずつ自分の行動に自信が持て始めてきましたが、先日のこの出来事があった時に、社会人としてはどうなのか?ふと我に返りました。社会のルールに従うこともとても重要なことです。

 

もしこの男性がムスリマの存在を理解していて、ヒジャーブをしているのが、ムスリマであるという認識があれば、私のこの一つの非常識な行動で、ムスリマ、あるいはムスリム、さらにはイスラームの名を汚してしまうことになりはしないかと、この出来事の後、しばらく非常に暗い気持ちが続きました。本当に深く反省して、二度とこういったことがないように気をつけなければと思いました。イスラームや、ムスリム、ムスリマにいついての知識がそんなに定着していない日本社会で暮らしていく上で、本当に自分が気をつけて生活していかないと、大変な誤解や、悪い印象を与えてしまうということがあるでしょう。「気をつけて生活していく」とは、もちろんスンナに従って行動することや、社会人として、一般常識を守るといったことです。イスラームでは実に信仰は行動にも表れます。


それから「怒り」について考えれば、私はすぐに頭に血が上りやすい性格でしたが、イスラームに出会ってからはより落ち着いて考えられるようになりました。怒鳴ることや、イライラすることはよくないとされていますから、そういった人間の性格をコントロールすることが奨励されています。例えば怒ったら、水を一杯飲むとか、特にラマダン中はけんかや悪口はしてはいけない、などがあります。私はまだまだすぐにカッとなってしまう性格が強いですが、インシャアッラー少しずつ直して生きてゆきたいと思っています。少し前にやはり、ムカムカという気持ちでいると、ちょうどラマダン前の聖なる三ヶ月にすでに入っていたことに気づき、反省したばかりです。

 

本当に怒っていると、感情的になって自分が損しているようです。母がやはり言っていました。イライラ怒った方が負けですよ、と。その時は負けとか、勝ちとかの問題じゃないでしょ?と聞き返しましたが、直ぐに納得しました。冷静でいないと正しい判断、行動ができません。この三ヶ月だけというわけではありませんが、この聖なる三ヶ月という機会に、自分を見直したいです。
 


 


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