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2005年8月号
肉体と魂
肉体中心の生活とはどんな生活か?魂中心の生活はどんなものか?そんなことを考える時があります。人間の体は肉体と、魂で成り立っているようです。私の場合、肉体中心の生活を送っている時、それは、本当に人間が作った社会や、生活に振り回されている時です。魂中心の生活を送っている時、それは、感謝の気持ちを持って、充実感に溢れた生活を送っている時です。
先日テレビでお坊さんが、お年寄りを相手にお話をしていました。その内容は、「死」を真剣に考えてみましょうというものでした。「死」は必ずやってくるものです。
そして、避けられないものですから、真剣に向き合って、その準備をしておきましょうというお話でした。お年寄りのおばあさん達は、冗談を混ぜながらのお坊さんのお話に、微笑みながら、そして、真剣に耳を傾けていました。私の覚えている中で、「死」に対する不安感、緊張感というものを感じた時は、中学生の時に家庭科の授業で、ライフプランを書きましょうという授業ででした。生まれてから、死ぬまでに、どういった人生を送りたいのか人生の計画を考えて、一枚のプリントに書いていくのです。その時に、なんて人生って短いのだ・・・と絶望感に近い感情を持ちました。プリント一枚に書かれた人生を見ると、今にでも人生が終わってしまうかのように感じられました。
それからそんな感情も忘れ、生活をしてきましたが、ある日、テレビで冗談をいいながら、そして笑いながら骨壷の話をしていたタレントを見た時に、またそのなんとも言えない、「死」を理解するジレンマのような感情を抱きました。こんな感情を抱くのは、人間として「死」を理解しようとする上で普通のことだと思いますが、人間は、理解に苦しんだ末、答えが分からずに、考えることを止めてしまうか、あえて考えないようにするのです。あるいは、自分の理解しやすいように解釈してこれでよしと、考えることに封をしてしまうのだと思います。
人間は肉体と魂でできています。肉体を管理する魂は、肉体をコントロールする為に、重要な役割をすることになります。魂一つで、その肉体からの動作、行動、など支配することになるのです。髪の毛一本を拾う動作から、何億という金額を動かすこと、或いは、心臓移植の手術をする行為、転んだ人に手を伸ばす行為まで、たくさんの行動があります。魂一つで、いろいろな可能性が生まれてくるのです。目、口、耳、鼻、手、足、など、体には様々な部位があり、それぞれに機能します。良くも、悪くもそれらをコントロールするのは、魂です。魂が醜いものであれば、肉体はそれなりの行動につながるでしょう。
もし、魂が磨かれれば、それに見合った行動を肉体に命じるでしょう。このように人間は常に魂と向き合い、どんな状態の魂を持っているのかを自ら知る必要があります。

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