2005年7月号 

母、祖母、そして預言者

 

私にとって母は自立した一人の人間として私の目標でした。家事と仕事をこなし、子育てをした母にはたくさん学ぶことがありました。今私は学業と、家事で今手一杯ですから、子育てが三つ目の仕事となると、大変だなあとつくづく感じます。母はとっても強い人です。とはいっても強い存在でないと生活はしていけません。

 

私の両親は離婚しているので、その分母親が父親の代わりもしなくてはなりませんでした。母が忙しく、家事が間々ならない時や、精神的にも肉体的にもストレスを抱えている時には祖母が補ってくれました。二人の性格は正反対といっていいほど違っていて、母が積極的にはきはきぱきぱきと仕事をこなす一方、祖母は慎重に穏やかに物事を捉えます。父親とは別に生活しているので、私にとって母親と祖母が私の「模範」となってゆきました。もちろん人生の先輩であり、血のつながった家族です、そして、女として、人間として、学ぶことは数え切れないほどありました。そして今も学んでいます。しかしある時、ある年齢に達した時、人間は決して完璧ではないなと気づくことがありました。


そのことを悟った時、自分が大人になったのかなと自覚しますが、同時に母、祖母、父から学ぶこと以外に自分で学ばなければならないという時期にきたということです。つまり、母、祖母、父から学ばなくてよいことも目につくようになるし、また母、祖母、父から学べないことも自ら学ぼうとします。そして自分自身を自らつくっていくようになります。私は今、ムスリムとして生活をしていますが、母、祖母、父から学んだようなことをイスラームに見つけました。

 

そして決して学ぶことができなかったこともまたイスラームに見つけました。ムスリムは預言者の言ったことや、行ったこと(スンナ)に倣って行動しようと試み、努力します。カッとならずに落ち着いて対処することや、誰に親切にすること、また欲の奴隷にならないことなどなどたくさん私にとって課題になっていることがありますが、それらすべてが預言者の言った言葉や、行動にあらわれています。

 

だから私は常に預言者の言葉や行動を頭において、自らの行動を正そうと努力します。毎日、毎日、人と接します。たとえ出かけることがなくても、少なくとも夫とは毎日顔を合わせます。そんな中で、毎日、毎日努力します。努力といえば、たいそうなことに聞こえるかもしれませんが、実際には、昨日は大きな声をあげてしまったから、今日は気をつけなくてはいけないと思うことから始まります。しかしこういった積み重ねで、自分が一週間前より、一ヶ月前より、さらには一年前より人間的に上達したかなと実感するのです。こういうことがアッラーに近づくという言葉でも言い換えられます。

 

アッラーに近づくには預言者のように行動することが一番近道だなと実感してやみません。 明日はもっとアッラーに近づけますように・・・
 


 


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