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2008年3月号
編集部より
物事が思い通りにならないとき、何かうまくいかないと感じるとき、私たちはこんなはずではなかったとか、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのだ、という反応をよくします。それから、運命を呪ったり、環境や他人のせいにしたりといった具合に、自分以外の何かにその原因を求めることがあります。
しかしいったんそう思い込むと、怒りや不満がみるみる膨張し、目の前が塞がれてただただ負の感情に押し流されてしまいがちです。反対に、自分自身の至らなかった点に目をむけ、非を認めるなら、自尊心に満ちた自我は鳴りを潜め、視界が開けたように問題点が明らかになったりもします。と同時に、改善したいという真摯な気持ちが湧いてくるものです。
自我は自分自身の欠点を認めたがらないという性質を持っています。ましてやそれを他人から指摘されようものなら、自己の存在を否定されているかのようにすら感じてしまうかもしれません。良心が己の非を感じているのに、その苦しさに耐えられず、安易に責任転嫁して己を正当化しようとする働きが起きてしまうのです。
もちろん、私たちに降りかかる問題の中には、自分自身の落ち度が一つもない場合もあるでしょう。しかし、日常の些細な事柄から長い年月にわたって心を悩ませている問題まで、外側に向かって批判を繰り出すばかりで真の原因から目をそらしていることもいかに多いことでしょうか。目を内側に向け反省や自己批判をすることが解決の出発点となり、また道を確かめる手段となっていくのではないかと思います。

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