2007年10月号 

編集部より


 

願い、ひいては祈ることは人間に与えられた生来の能力です。この能力を発揮する場面や方法は人それぞれかもしれません。しかし今日一日の無事から特別な事柄の成就まで、人は無意識にも意識的にも常に何かを念じながら生きる存在であるといえるでしょう。何気なく行う場合であれ、祈ることはその対象、つまり祈りを聞き届けてくれる存在が必要となるはずです。そしてそこでは祈る対象とのつながりが生じています。私たちが祈る対象とは何でしょうか。


特に問題が見当たらずなんとなく満たされていると、人は祈りの必要性を感じにくくなるかもしれません。自分自身の力や運を強く信じている場合も同様です。反対に困難に直面したり、自我の膨張が抑えられているとき、祈りに向かい助けを請う気持ちが生まれやすくなります。


祈りを祈りとして深く意識することは、人間が自分の力だけでは何もなしえないことを認識する機会でもあります。突き詰めて考えれば人はあらゆる必要性に迫られた存在であり、自分のものと思い込んでいる能力や所有物もたまたま今現在行使できる状態にあるだけで、何も自力で調達できない存在であることに思い至るのではないでしょうか。


このように、祈りは人間本来の姿、特質に気付くことと大きな関連があります。祈ること、願いの実現に具体的な行動が必要であればそのために努力すること、その上で祈りを聞き届けてくださる存在を信頼してお任せすること。これらによって、自信過剰に陥り自身の非力さに対して盲目となること、心配や不安の一辺倒となることの両極端を免れ、心や物事のバランスをとりながら事に当たっていく活力を得られるのではないかと思います。
 


 


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