2007年7月号 

編集部より


 

アラビア語で「人間」のことを「インサーン」といいますが、その語源は「忘れる」という単語であり、つまり人間とは「忘れる者」を意味するといいます。人間の特性をよく言い当てた言葉ではないでしょうか。確かに私たちは記憶する能力を持つと同時になんでも忘れやすい性質を持っています。受験勉強中、いくら勉強しても覚えられず記憶力を高める訓練法に関する本に目がいってみたり、年をとるにつれ以前と比べて物覚えが悪くなっているのを実感したり。忘れっぽいことに苦労することもありますが、反面、忘れることで救われることも多々あります。

 

例えば次から次へと湧いてくる悩みや日々の苛立ちもたいていはしばらくすると忘れ去られ、気持ちが楽になるものです。場合によっては決して忘れられない過去に受けた大きな傷もあるでしょうが、それでも時の経過や状況の変化に助けられ、その傷や痛みは少しずつ癒され緩和されたりします。


人がこうした性質を持つのは自然なことですが、それでも忘れていいこと、忘れたほうがいいこと、反対に忘れてはならないことがあります。例えば恩義はどうでしょう。私たちは身の回りの様々な人々と関わる中で、それぞれできる範囲で助け合いながら生きています。大小や直接・間接に関わらず人の世話になっているわけです。恩義を受けたときに感謝の気持ちを抱くことは当然ですが、それを忘れず感謝を持ち続けるのはなかなか難しいことです。

 

恩義を受けた相手であっても、別の機会に好ましくないことをされるとそれを非難する否定的な気持ちのほうが膨張してしまうこともあります。また私たちは自分が他人にかけた恩義についてはわりといつまでも覚えていて、相手からの感謝が感じられないと憤りを感じたりもします。まさに身勝手な自我が暴発している状態です。人からの恩は忘れず、人の悪い面には目を伏せ、自分自身の善行はすぐ忘れ去ることが社会の人間関係を円滑にし、自分自身をも前向きでさっぱりした心持ちにさせる秘訣ではないでしょうか。


人が恩義を受けるのは人からだけではありません。安全に暮らしていること、十分な食物が得られること、家族や友人がいること、生きていること・・・その他、それぞれの人がおかれた状況で数え上げればきりがないほどの恵みがあります。一見恵みと思えないようなことでも、人間的な成長の機会が得られた場合その経験にありがたいと思うこともあるはずです。こうした目に見えないところで働いている作用や複雑に絡み合っている巡り合わせについてもう一歩深く踏み込んで考え、もたらされた先に思いを馳せ、その力に対する恩義を持つことも「インサーン」たる人間の質を高める上で重要ではないかと思います。
 


 


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