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2006年12月号
編集部より
先頃、もう何年も前に習っていた合気道の恩師が亡くなりました。社会人になってから2年程通った道場でしたが、体を動かす快さのみならず、稽古を通して自分自身に向き合い心の使い方を学び様々な出会いもあった思い出深い時期でした。今回の突然の訃報には少なからずショックを受けましたが、人は誰でも死を免れないものです。私を含め数知れない人々が先生から多くを学び、その恩恵は何らかの形で周囲にも波及し今後も伝えられていくだろうと考えると先生は素晴らしい使命を果たされたのだと思え、私の気持ちも静まりました。ただ以前、病気で入院し手術された際にお見舞いもしなかった不義理が悔やまれてなりません。
身近な人の死は、普段は頭の片隅に追いやられている死というものを私達に考えさせる大きな契機の一つとなります。死は大抵大きな恐れもって捉えられます。死の前に味わうかもしれない精神的肉体的な苦しみ、愛する人との別れ、やり残した事柄に対する後悔等・・・
自分自身や家族、友人に何時訪れるとも分からない死を常に念頭に置くように努力することで、誠意を尽くしてこの世を生きることにも近づけるのではないでしょうか。また、思考や判断を司る脳や私達の行動の元となる身体など、死のよって失われてしまうもののこの世の生活で重要な役割を果たす肉体意的なものと、肉体を越えて精神的なもの、魂のそれぞれの役割や意義も死を通して垣間見ることが出来るのではないかと思います。

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