2005年12月号 

編集部より


 

「奇跡」というと少々大げさな響きがありますが、それに近いものやもしくは普通だったらあり得ないような出来事が起きたり、それに助けられたりする経験はありませんか? 小さな小さな奇跡に遭遇してハッとした後、単なる偶然が重なったと思って終りにしますか?それともなぜそれが起きたのか、どこからもたらされたのか考えてみるでしょうか?


預言者イーサーは行った奇跡の数々と共に思い起こされますが、まさに誕生から最期まで奇跡に満ちた生涯を送られました。諸預言者たちはそれぞれが、遣われた時代や社会状況にふさわしい天賦の能力を授けられ、それを駆使することによって創造主の福音や警告を人々に発してきました。預言者イーサーの場合は、目に見えるものしか信じない物質中心の生活を送る人々に、奇跡という形でそれを示したのです。


預言者イーサーの時代とある意味似通った現代に住む私たちにとっても、何か「奇跡」と思えるような事柄が生じた時は、表面的な現象を評価することに終始せず、隠された印について熟考するチャンスが訪れた時なのかもしれません。
 



 


Copyright (C) 2005 やすらぎweb.com. All Rights Reserved.