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2005年10月号
編集部より
息子がまだ首の据わるか据わらないかぐらいの赤ちゃんだった頃にラマダーンを迎えたことがあります。視力もおそらくそれほどはないという時期です。家の中で頻繁にじっと見つめている箇所がありました。または他の場所にいた場合でも、宙の何かに注目していることがよくありました。周りの大人は、「このぐらいの赤ちゃんてそうよね」とか「時計の振り子でも見ているのかしら」などたわいもない会話をしていましたが、私には少し違う様子に思えました。罪が一切なく清らかな赤ちゃんには天使やジンが見えると聞いたことがあります。息子も明らかに何かを見ている目をしていました。そのとき、私には見えない世界、感じられない異次元の世界があることを、息子を通じて確信させられたのです。
同じ年のラマダーンではもう一つ学んだことがあります。授乳中の断食をするにあたって、母乳の出が悪くなるのではないかと不安を持っていました。授乳する傍から喉が渇いていくような体なのに自分自身の体ももつだろうかと案じもしました。結論を言うと、自分自身の体が例年以上に消耗するということはありませんでしたし、授乳量も、ラマダーン以前は少し足りなくて粉ミルクを必要としていたのが、ラマダーン中に十分足りるようになったぐらいだったのです。初めての子育て、初めての経験の中で必要以上に心配してしまったわけですが、結局、母乳を出させるのも出させないのもアッラーの御心次第であり、自分があれこれ悩んでも仕方のないことだった、アッラーに委ねるべきだったのだと思い知らされたのでした。
人は通常、常識とされているものや経験則に従って物事を理解し判断しますが、不完全な人間がなすその価値判断に縛られ、物事の真実を見出す努力や受け入れる勇気が欠けていることが多いのかもしれません。ラマダーン中は、目の曇りが晴れ、心の束縛が解ける瞬間が普段よりも多く訪れる月でもあるように感じます。私たちのだれもがこの大いなるチャンスを逃すことのないよう、願っています。

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