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2005年8月号
編集部より
皆さんはご自分の魂の声を聞かれたことがありますか?
魂がどのように感じ、何をし、どういった状態にあるのかに気がついたことはありますか?
「自分探し」はどなたにも経験のあることだと思います。普段は何も考えずに暮らせるのに時々漠然と不安になって、一体自分はなにをすべきなのか、今のままでいいのか、自分の価値とはなんだろうと考えることはありませんか。見つかったと思っても時間が経過するにつれ別の疑問がわいてくることもあります。「自分探し」の方法も、外側に向かって何かを変えようとしたり新しい物事を始めてみたりするやり方と、内側を見つめなおそうとするやり方など様々です。
外側に行動を起こす場合、目先の活動に変化が現れることで、何か大きな成果を得られるような気になりませんか。実際、気付きのきっかけとなったり大きな変化の端緒となることもあります。しかし外側の状況を変えられない場合、自分の力ではどうにもならない時はどうしたらよいのでしょうか?人生にはそのようなことも間々あります。人間をとりまく物質的な肉体や状況には限界があるからです。かといって人は精神的な活動だけでも生きられません。精神活動を肉体的な活動に反映してこそ日常生活が営めるからです。
私たちの内なる声に耳を傾けると、様々なものが聞こえてきます。自我が発する雑音あり、人を惑わせる怪しげな声もあり。魂が発する純粋なメッセージもあると思うのですが、どう感じていいか戸惑ってしまい無視することにしたり、気付きたくなくてふたをしていることはないでしょうか。メッセージを受け取るのを邪魔しているのは他のなにものでもなく自分自身なのです。
私たち一人一人の存在の根源であるはずの魂をもっとよく知ることができれば、そして魂が欲するように生きることができれば、周りの騒音にいちいち囚われることもなく調和した自分の生き方が見つかるのかもしれません。囚われを一つ一つ脱ぎ去り、覆い隠された魂を見つけていくことこそ一番の「自分探し」ではないかと思います。

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