|
2004年10月号
編集部より
ある年のラマダーン月、ムスリムではありませんでしたが試しに断食をやってみたことがあります。特に何かを求めていたわけではなく、ただ、試してみようかという気軽な気持ちからでした。あくまでも「試し」でしたから、取り組んだのも月の半分ほど気が向いたときだけ、あとはムスリムの友人についてタラウィーフの礼拝やイフタールの集まりにお邪魔したりと、興味本位かつ自己満足に過ぎない程度の「ラマダーン体験」でした。
ラマダーンが明け、早朝に行われるイード・ル・フィトルの礼拝にも参加。その場で思いがけない変化が起こりました。なぜかこみ上げる涙を止めることが出来なくなり、自分はどうすべきなのか自問する声とそれに対する答えが心の奥底でせめぎ合うのがかすかに感じられました。それまではイスラームの考え方自体には惹かれていたものの、この日本でムスリムとして生きることには躊躇していた私ですが、実践を通じてイスラームをよりよく理解したい、生き方に反映させていきたいという思いが湧き上がってきたのです。私はその場でシャハーダしイスラームに帰依しました。
毎年ラマダーン月の時期が巡ってくるとこの出来事を思い出し、アッラーからの素敵な贈り物でもあるこの導きが起きたラマダーン月の神秘さを強く確信すると同時に、ラマダーンの日々を一緒に過ごしてくれたムスリムたちの面々が感謝の気持ちとともに思い浮かんできます。そして今年はどのようなラマダーンになるのだろうかとの期待も高まります。長いようであっという間に過ぎてしまう1ヶ月間、私たちが降り注がれるアッラーの恩恵に気付くことができますように、そして共に恵みを分かち合うことができますように。皆さんが今年も素晴らしい時を過ごされることをお祈り申し上げます。

Copyright (C) 2004 やすらぎweb.com.
All Rights Reserved. |