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2003年12月号
編集部より
先月11月の末にラマダーンが終わってから、はや半月が経ちました。
1日1日を刻み付けるように過ごしたこの月も気がつけば駆け足で過ぎ去り、1ヵ月間の断食を無事終えられた安堵感と共に、どこか惜別に似た寂しさも漂います。しかしすべてをひっくるめて後に残されたのは、ラマダーンの善行を全うさせてくれたアッラーへの限りない感謝の気持ちと、溢れんばかりに降り注がれたアッラーの慈悲・恵みに包まれた確かな温かさと安らぎです。
さて、今月の小誌では「結婚」をメインテーマとして取り上げてみました。
結婚は間違いなく人生の転換となるような一大事であり、またそれぞれに全く異なるドラマやエピソードがつきものです。人は誰しも、結婚に幸福と安らぎを求めます。実際の生活は波乱万丈であったとしても精神的な拠り所として最も期待されるのが結婚生活ではないでしょうか。
クルアーンでは次のように言っています。
またかれがあなたがた自身から、あなたがたのために配偶を創られたのは、かれの印の一つである。あなたがたはかの女らによって安らぎを得るよう(取り計らわれ)、あなたがたの間に愛と情けの念を植え付けられる。本当にその中には、考え深い者への印がある。(ビザンチン章30:21)
結婚当初は努めて相手を知ろうとし、喜ばれる努力をし、全身全霊で思いやりと誠実さを込めて接します。それがいつしか、考え方の不一致や相手への不満から諍いが起こり、互いを尊敬する気持ちは薄れ、不和が深まることもまれではありません。それは結婚生活が年月を重ねるにつれ、不可避の仕方がないことなのでしょうか。それとも身勝手や自分本位に陥り、大切なものを見失っていることに気づかないか無関心となっているために引き起こされるのでしょうか。そもそも何のために私たちは結婚し、何を目指そうとしているのでしょうか?社会生活の基盤である家庭を築く第一歩となる結婚、ひいては結婚生活について今一度考えてみましょう。
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